国際重量挙げ連盟の不正疑惑:ドーピング隠蔽と金銭授受

先日ウエイトリフティング界で大ニュースが報道されました。1月5日にドイツの公共放送ARDが国際重量挙げ(IWF)の不正疑惑をテーマにしたドキュメンタリーを放映しました。日本のニュースでも取り上げられ、現在日本のウエイトリフティング関係者の間でも大きな話題となっています。

ヤフーニュース↓

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200106-00000013-jij_afp-spo

ARDはドイツの報道ステーションです。今回のドキュメンタリーを制作したのは2015年にロシアの国家ぐるみのドーピング隠蔽工作について調査したハイオ・ゼッペルト(Hajo Seppelt)氏をはじめとする記者陣になります。

もちろん私はドイツ語がしゃべるわけではないのでネット上に出回っている英語の記事とGoogle翻訳から得られる情報を元にこの記事を書いています。英語の記事を実際に読みたい方々は下記のリンクを参照してください。私が書いたこの記事は主にAll Things Gymのグレゴアー・ウィンターが書いた記事を基に翻訳されています。グレゴアーはドイツ人である上、英語もネイティヴレベルで話せます。彼の翻訳はかなり正確なものでしょう。

https://www.insidethegames.biz/articles/1088760/ard-programme-targets-weightlifting

https://www.allthingsgym.com/lord-of-the-lifters-herr-der-heber-german-documentary-investigating-the-iwf-and-doping/

https://www.sportbusiness.com/news/ioc-expresses-concern-iwf-hits-back-as-ard-documentary-fallout-continues

リフターの主君(Herr der Heber)
ドイツの取材陣がIWFとドーピングを調査

主な不正疑惑

  • 腐敗

  • 隠し銀行口座

  • 尿サンプルの操作

  • 縁者びいき

  • 詐欺

  • 子供のドーピング

国際オリンピック委員会(IOC)はドキュメンタリーで使用された文書等の存在を知っていたのにも関わらず見て見ぬふりをしていた。

  • ウエイトリフティングでは2000年以降700件のドーピングスキャンダルがあった。(公開された分)

  • 2018年までの過去10年分の尿や血液サンプルが何ヵ月にも渡って解析された。(サンプルの数は16000)

  • 2008~2017の間に540個のメダルが受賞されるが、メダル受賞者のほぼ50%がドーピング検査を受けていなかった。

  • メダルを受賞したロシア人の2/3が検査されていなかった

  • IWFはトレーニング期間中のドーピングには目をつぶっていた。

バトゥミで行われた2019ヨーロッパ選手権

  • ARDはドーピング検査官と連絡を取る

  • 彼らの資料によるとラシャ・タラハーゼはリオ五輪前と2015世界選手権の前のトレーニング中に検査を受けなかった。

  • タラハーゼは2013年にドーピングのため2年間出場禁止になったが、禁止期間中に検査を受けることはなかった

ジョージアの関係者等はこれらの内容は正確ではないと主張。

ARDはハンガリー反ドーピング(HUNADO)検査官の取材を試みたがカメラの前で話すことを拒んだ。

ブダペスト

  • IWFは基本的にHUNADOを採用している

  • ドーピング検査の77%はHUNADOが実施している

  • 世界選手権でもHUNADOが採用されることがほとんど

  • ただ、ヒューストンで行われた2015年世界選手権にては米国反ドーピング(USADA)が採用された

  • USADAの会長であるトラビス・タイガート(Travis Tygart)によるとIWF側から抵抗があったとのこと

  • IWFはドーピング検査を「経験のあるHUNADO検査官」に任せたいと主張した

  • USADAが選手たちのホテル部屋を確認したところ、注射器が幾つも発見された

  • ヒューストンでは24件のドーピング違反が発覚した

シュヴァルツヴァルト、ドイツ

  • ARDはドイツの元代表コーチであるオリバー・カルソ(Oliver Caruso)を取材した。カルソは1996年五輪の銅メダリストでもある。

  • カルソはとあるモルドバ人との会話内容を教えてくれた。

  • ドイツでドーピング検査を偽装することは不可能だが、モルドバでは60USドル(6,500円相当)で国内検査を偽装することができるとのこと。200USドルを支払えば国際試合での偽装も可能だと述べた。

  • カルソが話した人物はモルドバチーム専属の医師であるドリン・バルムス(Dorin Balmus)だとARDの調査で判明した。

モルドバ

  • ARDは正体を伏せてドリンと対談した

  • ARDは西ヨーロッパから来た重量挙げ選手の専属マネージャーのふりをする

  • ドリンは「我々はハンガリーの検査官に検査された」と述べる

  • ドリンによると:検査官が来た時には選手たちのそっくりさんを準備する→そっくりさんのクリーンな尿と引き換えにお金を支払う→検査官達にはパスポートを細かく確認しないようにお願いしてお金を渡す

ケルン、ドイツ

  • ウエイトリフティングのサンプルのほとんどはケルンにて解析される。

  • ARDはWADA認定の施設でサンプル解析を行っているハンス・ガイヤー(Hans Geyer)を取材する。

  • HUNADOは2015年世界選手権前のサンプルを検査していた。結果はクリーンだった。

  • しかしUSADAが同じ選手達に対して検査を行ったところ、結果は陽性だった。かなり前からドーピングしていたことが解析結果から判明した。

  • なぜHUNADOの検査結果からは同じ結果が得られなかったのだろうか。

  • ガイヤー氏によると、サンプルの操作があったとのこと。パスポートやDNA解析結果を確認して尿サンプルが偽装されていることがわかった。

  • ARDがHUNADO及びモルドバの関係者等に確認を取ったところ、知らないと回答された。

パタヤ、タイ

  • ARDはラティカン・グーンノイ(Rattikan Gulnoi)を取材する。グーンノイは2012年のオリンピック銅メダリストであり、ドーピングで引っかかったことはない。今はジムで働いている。

  • ARDは隠しカメラで会話の内容を録画した。彼らはヨーロッパ選手達のマネージャーのふりをし、選手たちのためにトレーニングキャンプを設ける予定であると伝える。そのためのドーピングプランと医師が必要だと言う。

  • グーンノイによると:トレーニングプランは立案できる→ドーピングに合わせてトレーニングを調整すれば問題ない→タイの薬物はよくないからほとんど海外から輸入している

更に細かい会話内容が録画されている↓

グーンノイ:「私たちは24時間後には探知されないものを使用している。他にはもっと効果が強いものがあるけど、3日間は探知可能になってしまう。」

記者:「副作用は?」

グーンノイ:「低い声、増毛。私が使った時は男みたいな顎になり、髭も生えた。権力のある人たちは選手たちの健康なんて気にしていない。アスリートはメダルを持ち帰るべきである。ユースであっても。

記者:「最年少でドーピングを始めるのはいつ?」

グーンノイ:「13歳の時」

記者:「あなたはいつ始めた?」

グーンノイ「18歳。2011年に自分の身体が(トレーニングに)ついてこれるように」

記者:「2012で何を使用した?」

グーンノイ:「アナボリックス」(アナボリックステロイドのこと)

記者:「2012年には検査をパスすることが可能だったのか」

グーンノイ:「二度ほど。今のところタイ人で捕まらなかった選手は私だけだと思う。」

記者:「どのようにすれば確実に捕まらないのだろうか。」

グーンノイ:「早めに摂取を止めれば問題ない。ボスとコーチが入念に計画していた。注入、休止、注入、休止

ドイツ

  • ARDはユルゲン・シュピース(Jürgen Spieß)を取材する。

  • 「ドーパーに勝つのはほぼ不可能だ」

  • 公の場で堂々と薬物使用について話す他の選手たちに対していつもびっくりするとのこと。

  • 「自分は他の選手たちと競技しているわけではない。自分は各国のシステムと競技している。」

ウエイトリフティングとオリンピック

  • IOCからのプレッシャーに負け、IWFはドーピング検査の責任を引き渡した。

  • IOCと親しい団体が引き継ぐことになったが、またしてもHUNADOと契約することになった。

  • IWFはドーピングを通して何百万ドルも儲かっている。

  • ドーピング違反がある度に各国の委員会は選手ごとに5,000ドル(5万5千円相当)の罰金を支払っている。国によっては20万ドルから50万ドルまでの罰金が求められる。罰金は現金で支払われる場合もあった。

  • ウクライナ重量挙げ会長からの手紙には「アヤン氏(IWF会長)の希望通り、現金で払った」と記載されていた。

  • アゼルバイジャンを含む国々は2013の時点で罰金が未払いの状態だった。アゼルバイジャンは2013年のドーピング違反によって50万ドル支払う必要があったが、なぜか支払いリストには載っていなかった。

  • なぜ載っていなかったのか?→もしかしたら記載漏れ?現金払い?

アヤン会長はIWFから年間27万ユーロ(3000万円相当)もらっている。

ドイツ

  • ドイツ重量挙げ連盟(BVDG)のクリスティアン・バウムガルトナー(Christian Baumgartner)は「アヤン氏は数十年をかけて確立したドーピングシステムの象徴である」と述べる。

  • 2013年にバウムガルトナーはIWF執行役員会に選出されたが、次の選挙では選ばれなかった。

  • アヤン氏に反対する者はIWFで生き残れない

  • バウムガルトナー:「腐敗の文化が出来上がった。」「ドーピング違反を隠蔽するためには腐敗したシステムが必要になる。」

ローマ

ここからは隠し銀行口座について

  • ARDはヨーロッパ重量挙げ連盟の会長であるアントニオ・ウルソ(Antonio Urso)を取材する。

  • ウルソ氏はIOCからの支払額を示す文書を見せる。そこにはIWFの今ままでのIOCからの受取額が記載されている。

  • 二つのスイスのIMF口座に1992年から17年間かけて2千3百万ドルが振り込まれていた。しかしこれらの額はIWF側では記録されていなかった。これ等の口座が発覚したのは2009年である。当時署名する権限を持っていたのはアヤン氏のみ。ARDの調査によると最低でも550万ドルの行方をアヤン氏は説明できなかった。

  • ウルソ:「口座について誰も知らされていないのは興味深い」(もちろん皮肉のつもり)

ARDはとある録音ファイルを手に入れることを成功した。それには執行役員会のメンバーととある会計事務所の会話の内容が録音されていた。この会話は2009年ブダペストでの出来事である。

  • アヤン:「大事になってしまうと重量挙げにとって危険な状況になってしまう。」「最も大事なのは団結と平和である。」

  • アヤン氏によるとスイス口座のお金は予備であるとのこと。会計事務所側はなぜIOCから貰う数百万ドルのお金が秘密であるか聞く。

  • アヤン氏は答えないが、他の執行役員も特に質問はしない。

  • バウムガルトナー氏の予想では550万ドル程度ではないと述べる。利率も考慮して恐らく7~8百万ドル相当の行方が分からない状態であるとのこと。

  • ウルソ氏は過去にIOCにお金の紛失について連絡をしたことがある。

  • IOCは「それは内部の事情である」と回答した。IOCは責任を問われたくない。

なぜ法的措置が取られないのか

バウムガルトナーは「スポーツ界では同業者に対して法的措置をとる行為は悪く見える」と皮肉に言った。

バーゼル、スイス

  • ARDは汚職・腐敗の専門家であるマーク・ピース(Mark Pieth)と話す。彼はFIFAの汚職改善にも関わったことがある。

  • ピース氏と彼のチームはIWFの文書を調査した。

  • 「私が見る限りこれはとてもとても大胆な行動だ。FIFAで見てきたものより遥かに大胆である。」

  • 数週間にわたる調査の結果、ARDの疑惑は確信に変わった。

  • これ等の証拠があればスイスの当局も調査のために動くはずだ。

以上がドキュメンタリーの概要になります。ドキュメンタリーの映像はドイツ語のみで放映されており、オンラインでもドイツ以外の国で視聴することができないみたいです。

IWFの反応

ドイツのドキュメンタリーが放映された次の日にIWFは既に「根拠のない告発や曲解された情報が含まれている」と報道内容を否定する声明を出しています。

https://www.iwf.net/2020/01/06/iwf-rejects-ard-allegations/

声明文の最後にタイの組織的ドーピングに取り組む方針について書かれています。個人的な意見にはなるのですが、IWFが注意をそっちに逸らそうとしているようにしか見えません...

IOCの反応

もちろんIOCはARDの報道を快く思っていないです。詳しくは下記の日本語の記事を参照してください。

https://www.afpbb.com/articles/-/3262392

上記記事には「IOCとして明確にしておきたいのは、ARDの主張とは違い、映像が疑惑の根拠としている書類の大半について、当連盟は所持していないということだ。これに該当するのは、ドーピングの検査状況や不正会計の疑惑に関連した書類である」 と書いてありますが...

あたりまえだろ!!!

そもそも所持していたところで「はい、そうです。実は全部知ってました」なんて言うわけがないですね。

IOCがどのように対処するかによってウエイトリフティングの未来が決まる可能性があります。

これを機にIOCはウエイトリフティングをオリンピック競技から外すかも知れない。


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